東京インスパイア

都内で働く高卒リーマンの記録

夢追うも挫折してテレビのADになるも3日で辞めて負け組になる話し

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高校を卒業して、せっかく入社した運送会社にわずか 1 年で退職を決意するカバオですが、果たして彼は、サウンドエンジニアの職に就くことが出来たのでしょうか?それとも、、、

しかし、今回の記事を書いていて、あの頃を思い出していたのですが、あらためて東京という都市が惹きつけるパワーは、本当に凄いと思いますよ。

ただし、人を惹きつけたからと言って、人が変わる訳ではないからね。だから

「東京に来れば、なんか変われそうだなー」

と思っている、そこのあなた!その考えは、危ないよ(笑)

まあ、『上京物語』第二章ですが期待せずゆるりと楽しんでいってください。

未経験で音楽業界に転職活動して速攻で挫折するまで

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前回の記事にもあるように以前の職場の人たちからは、半ば応援される形で会社を退職することになりました。今思い出しても、あのときの自分の選択は、浅はかなものだったと思います。

 

※ 前回の記事をまだ見てない人は、こちらからどうぞ。

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しかし、会社に退職の意向を伝えた直後にある問題が起こりました。

それは、西麻布のもつ鍋屋でアルバイトしていたときの先輩と連絡が取れなくなっていたのです。ちなみにこの先輩は、自分に音楽の才能があると絶賛してくれてて「カバオだったら、絶対に良いサウンドエンジニアになれるよ」と毎回会うたびに言ってくれました。

この先輩とのトラブルから徐々に自分の人生に暗雲が立ち込めるようようになるなんて...当時の自分は、思いもしませんでした。

アルバイト先のもつ鍋屋の先輩に貸した 20 万円

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自分が会社を辞める 2 ヶ月頃前に件の先輩は、副店長から店長になったのですが、その際の条件として、店の近くに住めともつ鍋屋のオーナーに言われたらしいんです。しかし、先輩曰く、引っ越し費用は、会社から出るらしいのですが、生活備品を揃える際のお金を全く持っていなかったらしく最終的には、自分に頼ってきました。

しかも、その金額 20 万円。

今思うと何の備品を買うんだよ(笑)っとツッコミを入れたくなりますが、当時の自分としては、完全に信用していたので二つ返事で OK します。

それだけでなく、2 月の中頃にレンタカーを借りて、先輩の実家である千葉から寮がある中目黒まで引っ越しの手伝いまでやりました。その道中、車の中で先輩がポツリと言います。

「カバオ、ほんとごめんね。俺の家、母子家庭だから母親を頼れないんだよね...」

そう言うと先輩は下を向いていました。自分は「気にしないでください!先輩は、自分にとって、こっち(東京)に来て初めて出来た大事な知り合いですから!!」っと健気に話してたのを覚えています。

その後、引っ越しも順調に進み、先輩のアパートの中で夢のようなものを語っていました。そのときに、先輩がまたポツリと言います。

「カバオ、この前言ってた 20 万円っていつ頃に都合つきそうかな?」

自分は「いつでも大丈夫です!いつ振り込めばいいですか??」っと言いました

すると、先輩は、いきなりこんなことを言います。

「ごめん、それじゃあ、3 月に入ってからでいいから直接手渡しでもらえるかな?」っと言ってきました。先輩曰く 2 月は、何かと忙しく会えないと言っていたのですが、3 月だったら調整できると話しておりました。

自分は「なんで手渡し?」っと頭の中で思いましたが「まあ振込手数料のことを考えてくれたんだろう」っと特に疑うこともなく 3 月の初旬頃に直接手渡ししました。

しかし、それから 1 週間くらい経過した頃、もつ鍋屋の料理長から電話が来ました。

「カバオー、店長ってどこにいるか知ってる〜?」

その言葉に自分は、耳を疑いました。

「いや?!ええっ?どう言うことですか??」

詳しく聞くと、もう 3 日くらい店に来ず、連絡も取れないとのこと。料理長との電話を切ると先輩に即座に電話しましたが全く繋がりません。そのとき一抹の不安がよぎります。

「金返ってくるかな...」

しかし、そんな不安な気持ちに浸っている間も無く、今度は、自分自身も会社の寮を出て行くために引っ越しをしないといけません。タイムリミットは、3 月いっぱいだったので、あと 4 週間ほどしかありませんでした。

この時点で自分は、物件の前にどこに引っ越すかも何も決めてない状況でした。

初めての物件探しと初めての引っ越し

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もつ鍋屋の店長と連絡が取れないことに不安を持ちつつも、取り急ぎ自分の今後のことを優先させるようにしました。

寮を出ていかないといけない自分は、とりあえず同じ埼玉の戸田市に住むことを決意します。戸田に決めた理由なんて特にないのですが、しいていうのであれば「埼京線で渋谷まで 1 本で行けるから便利やろ〜」くらいにしか考えていませんでした。

引っ越す場所が決まったので次は、を探しました。そして、大家が隣に住んでいる二階建ての一軒家を不動産屋から提示され「ここの一階は、1 K ですが間取りも広くて今ならすぐに住めますよ」っと言われました。

寮を出ていくタイムリミットが目の前に迫っている自分は、その日に見学に行きました。今でも覚えているんですが、この物件の日当たりの悪さは半端じゃありませんでしたね。1 日中ずーーっと暗いんですよ(涙)

ただし、もう時間がなかった自分は、この物件に引っ越すことを決めます。そして、その日に契約書にサインをします。

そのとき「3 月の中旬からは、住み始めることができるよ」っと不動産屋から言われました。「なんとか、3 月 31 日の退去日までに間に合ったな...」ホッとしました。

この頃、まだ在職中だった自分は、会社の先輩である S さんに引っ越しの手伝いをお願いします。

S さんは「いいよー、いつ?」っと即答してくれました。その後、初めての引っ越しでしたが、ほとんど、S さんが手際よくやってくれたので、引っ越し費用なんてほぼゼロに等しくやることができました。

ちなみにこの S さんですが、カバオの短い人生の中で一生頭が上がらない先輩として、今でもお世話になっております。

憧れの音楽業界とニセモノの自分

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住まいも決まって引っ越しも終わったんで、いよいよ転職活動をしないといけません。

当時の自分は、いつも見ている『Musicman-Net』からいくつか目ぼしい音楽スタジオを見つけていきました。

しかし、未経験で募集をしているところの、学歴の最低ラインが『専門学校卒』の人材しか募集しておりません。なので、この会社行ってみたいなと思っても、自分の「高卒」という学歴のハンデが重くのしかかってきます。

それに、サウンドエンジニアになりたいと思っても、サウンドエンジニアが何をするのかイマイチ分かっていません。楽曲を作りたいと思っても、自分が作曲した作品なんて、1 つも無いわけです。

そんなヤツが「何とかなるやろ?」ってノリだけでサウンドエンジニアになるために転職活動をしていますからね。どこの会社も採用するわけないですよね...

ただし、人生何が起きるか分かりません。

5 社くらいに履歴書を送って、そのうちの 1 社から「履歴書拝見しました。よければ、来週にでも面接したいと思いますがいかがでしょうか?」との連絡がありました。

しかも、そのスタジオは『宇多田ヒカル』とか『m-flo』 なんかが使用したという実績があるスタジオでしたので、テンションが上がり、こう思いました。

「やっぱり、俺って才能があるんやな!」

いやー、この記事を書いていて思ったんですが、本当にイタイヤツな(笑)

まあ、でも未経験の自分に対して、面接までしてくれるなんて、ある意味運が良かったんだと思います。

そして、いよいよ面接を迎えました。先方は、マネージャーと役員 2 人でした。面接の内容もそこまで難しいことを聞いてくるわけでじゃなく、今自分に何ができて、何ができないのかを聞いてくるような感じでした。

なので、向こうとしては、完全に意欲(ヤル気)を重視している感じだったので、自分が音楽に対して思っている情熱を伝えると、その気持ちが伝わったのかもしれません。

面接の中盤に先方のマネージャーからこう言われます。

「まあ、ウチでやってみてもいいんじゃないかな?」

自分は、思わず「ありがとうございます!頑張ります!!」っと大きな声で先方に言いました。だって、憧れのサウンドエンジニアになれるんですからね。そりゃー嬉しいもんですよ。

ただし、その次にこう言われました。

「とりあえず、今住んでいるところからは、引っ越してもらうことになると思う。レコーディングとかあると終電で帰れない日なんてザラだし、それに家に帰れない日もあるから。だから、とりあえずこの辺に引っ越してよ」

自分は、この言葉に完全に怯んでしまいました。だって、この前、引っ越したばかりなのに、また引っ越せって...そんなんしんどいやろ...

なので、マネージャーに「自宅から通うのは、ダメでしょうか?」っと聞いてみると「それは、ダメ。終電過ぎたときとかどうするの?」っと言われました。

自分は「とりあえず、考えさせてください」っと先方に伝え、後日連絡することで、この日の面接は、終わりました。

ちなみに、このときの自分の貯金は、もつ鍋屋の先輩に貸した 20 万円と引っ越しでかかった金額が 35 万円くらいだったので、残り 45 万円くらいでした。なので、ここで先方が言うように引っ越しをしてしまうと、ほぼ 0 になるんじゃないか?っと臆してしまったワケです。

もっと簡単に言えば『貯金(安定)』『夢(理想)』を天秤にかけたとき、その天秤は、前者の方が重くなっていたワケです。

本気で夢を追っていたんであれば、貯金がゼロになろうと、安定を捨ててでも夢を優先するはずですが、自分の場合ですと『貯金(安定)』を捨てることができなかったんでしょう。

自分の『夢(理想)』『貯金(安定)』で計れるほど、儚い眉唾もんだったんだなーと今更ながらに思います。

なので、最終的に自分は、このスタジオでの転職を諦めます。

その後、自分は、十社くらいに履歴書を送ったんですが、どこも返事が返って来ず、いよいよ、運送会社を退職する日を迎えました。

退職直後に速攻で夢を諦める無職のカバオ

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最終日の職場は、いつもとなんら変わることなく、穏やかに終わりました。しかし、最後にみんなから「いつでも帰ってこいよ!」っと言われて本当に嬉しい気持ちになりました。

実は、このとき、先日の面接の件もあって「やっぱり、会社辞めずにここで働きます!」っと言いたかったんです。しかし、そんなこと口が裂けても言えません。

自分は、ひたすら頭を下げ続けました。

最後の最後に、センター長が自分にこう言ってきます。

「カバオ、近い将来、お前が作った音楽聞かせてくれよ」

自分は、このとき何とも複雑な表情をして「はい」っと伝えました。その表情を察したのか、センター長は、このように言ってきます。

「てか、お前次行くところ(転職先)決まったの?」

自分は、心の中を悟られまいと「はい。決まりました。宇多田ヒカルとかが使ったことがあるスタジオで、とりあえずアシスタントエンジニアから始めることになりました」っと伝えました。

するとセンター長は「宇多田ヒカルか!スゲーな!!頑張れよ!楽しみにしてる!」っと言っていただき、その言葉がセンター長との最後となりました。

自分は、こんな状況でもプライドが邪魔をして、平然と嘘をついてしまう自分に嫌悪感を抱くようになります。

その後も、中々、音楽業界への転職活動が決まらず、ますます焦りを感じ始めるようになってきます。

1 ヶ月前の自分は、あんなに夢に向かっていて燃えてたのに、その夢が浅はかなモノだと気付き、結果的に無職になってしまっている自分に段々と自信が無くなってきてしまいます。

そして、会社を辞めて 1 ヶ月後、音楽業界への転職が決まらない自分は、ついに音楽業界への転職活動を諦めてしまいます。

やりたいことがなく路頭に迷う高卒フリーター

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その後、とりあえず家賃や食費を払っていくために、アルバイトをしようと奮い立ちます。飲食店のバイトだったらすぐに受かるだろうと思い、時給が高い渋谷の居酒屋に面接に行きました。

面接の相手は、店長だったのですが、面接開始 5 分くらいで「採用する」と言っていただき「なんだったら今日から働いていいよ」と言ってくれて、自分は、早速働くことになります。

そんな感じで、居酒屋で働き始めた自分は、3 日目で事件が起きました。

それは、採用してくれた店長が「カバオくん、あそこの台ちゃんと拭いた?」っと言ってきたのです。自分は「はい。さっき拭きましたけど?」っと言うと「えっ?あれのどこが拭いたっていうの?やり直してきてよ。」っと言ってきたのです。

このとき自分は「はい。分かりました」と言えばよかったんですが、なぜか反抗的な態度をとってしまい、あろうことか店長に対してこう言います。

「俺はちゃんとやったんだ。文句があるならお前が拭いてこいよ」

その瞬間に店長は、ブチギレ(笑)

「もう、お前帰れ。明日から来なくていいわ」

そう言われてしまい、自分は、3 日目にしてクビになってしまいました...

まあ、今思うとそりゃークビになるわなっと思いますw

普通、目上の人にこんなこと言わないですよね(苦笑)

その後、居酒屋をクビになった自分は、派遣会社で日雇いの仕事をしたり、単発のアルバイトをしたりしていましたが、派遣会社では、同じ派遣社員の方と喧嘩したり、アルバイトもドタキャンしたりして、どんどんダメな人間になっていきます。

ただし、こんな状況になっても「俺は周囲の人間と違うはずなのに、なんでこんな目に合わないといけないんだ?」っと思っておりました。

しかし、そんな感情が根底にあるからか、こう思うようになります。

「普通のことやってても意味がねー、やるんやったら華やかな業界に行くべきだ」

そして、ある職業に就こうと決意します。

テレビ番組の制作会社の AD へ転職して 3 日で辞めるまで

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音楽業界へ転職活動をしていた頃、募集企業を見ていると、テレビの AD を募集している会社を数多く目にしておりました。しかも、未経験からでもできると謳っている企業が結構多かったんです。

自分は、音楽業界がダメだから、テレビで成功しようと安易な気持ちを抱くようになり、とりあえずテレビの業界に入ろうと思うようになります。

そして、赤坂にある制作会社と面接するまでこぎつけます。

自分は、音楽業界がダメだったから、今度こそと思い気合いを入れて、面接に挑みました。そして、なんと無事に面接に通りました。

ただし、その面接のときに言われたのが「多分、帰れないから覚悟してね」っと言われました。自分は「帰れないからと言って、引っ越さなくてもいいんですよね?」っと念のため聞いてみると、それは大丈夫だと言われました。

「じゃあ、早速だけど、明後日から現場行ってもらうから」と言われました。

自分は、いきなりだな...と思ったんですが、よくよく聞いてみると、その会社は、番組の制作業務と別に大手の制作会社に AD やらディレクターやらを派遣する派遣業もやっていたのです。

なので、自分は、未経験の AD として、ある現場に派遣されることになります。

当時、タカアンドトシがメインでやっている深夜番組があったのですが、その番組の制作をやっている制作会社に派遣されることが決まりました。

自分は、タカアンドトシなんて全く興味なかったのですが「いよいよ、芸能人に会えるなんて、やっぱり東京に来て正解だったな〜」と相変わらずクソのようなことを思っておりました。

しかし、現実は甘くありません。

まず、業界未経験の AD は、立ち位置的にカス以下のようなもので、ロケの現場や制作の現場では、雑巾のように扱われます。そして、派遣先の会社では、先輩 AD が容赦なく暴言を吐いてきます。

簡単に言えば「いやー、お前使えねーな(笑)死ねば?」的な感じですね。

また、これが結構執拗に言ってくるんですよね。最初は、自分も笑顔でスルーしていたんですが、途中で我慢できずにこんなことを言ってしまいます。

「いやー、あんたが死ねばええやん(笑)」

すると、先輩 AD は、大激怒。派遣元である自分の会社にクレームが入りました。当然のことながらテレビの業界は、タテ社会ですからね。自分のやったことは、完全に御法度なワケです。自分は、厳重注意を受けました。

そんなこともあり、初日からヤル気ゼロになりつつあった自分は、別の先輩 AD と銀座のある天ぷら屋にロケに行くことになりました。

その先輩は、優しい人で色々と業界のこととかを教えてくれました。そして、銀座でのロケも無事に終わり、会社に戻りました。時刻は、夜の 9 時を回っていたと思います。

会社に着いて早々に先輩は、こう言いました。

「1 時(夜中)から『IMAGICA』行って、今日のやつ編集するから、それまで飯食って、仮眠してていいよ」

思わず自分は「ええ..家に帰れないんですか?」っというと、それまで優しかった先輩は、血相を変えて「テメー、何寝ボケたこと言ってんだ?」っと言ってきました。

自分は、その先輩の圧力に圧倒されてしまい、ご飯を食べて仮眠して『IMAGICA』という編集スタジオに向かうことになります。

『IMAGICA』に着いてからも、睡魔と格闘しながら、なんとか立ち会っていましたが、とうとう眠ってしまいます。

すると、先輩社員が自分の頭を叩いてきて「寝てんじゃねーぞクソが!」っと言ってきました。自分は「もうダメだ...」とこのときに思いました。

それから、どうやってこの場から逃げようかと思うようになりましたが、編集が終わった後、朝 7 時からタカアンドトシと番組のロケが入ってるとのことで『IMAGICA』から 3 時間くらいかけて千葉のある場所に向かいます。

現地に着くと番組のディレクターが怒号をあげながら、指示を出してきます。自分のような未経験 AD は、指示をもらってもどうすることもできず、ただただ怒られていました。

このときの自分は、睡魔とやるせなさとかがいっぱいになって、現場のトイレで涙を流してしまいました。しかし、5 分くらい経つと先輩 AD が「おい、クソ!何やってんだクソ!」っと追い込みをかけてきます。

なので、自分はすぐさま外に出ていき、しどろもどろしながら先輩の言われるとおりに仕事をしていました。

もう目の前にいる『タカアンドトシ』なんてどうでもよかったから、早く家に帰りたいと思うようになりました。そして、やっとのことで撮影が終わり、ようやく会社に帰ることになりました。

ロケ現場である、千葉から 3 時間かけて東京に戻っているとき、自分は、どうやって家に帰ろうか(逃げ出そうか)と色々と考えていましたが、このとき別の先輩 AD が、帰ったら俺の業務手伝ってもらうからと言われました。

自分は、渋々その先輩の業務を手伝うことになりました。

その先輩の業務とは、食品のイメージ映像を撮るということで、会社に着いてからは、ラーメンとか蕎麦とかを調理して、ひたすらスタジオで撮影するという業務を 12 時間近く先輩とやっていました。

やっとのことで撮影も終了したとき、ふと先輩 AD は、こんなことを聞いてきました。

「お前さー、大学どこ?」

自分は、高卒なんで大学は、行ってない旨を伝えると先輩 AD は、不敵な笑みを浮かべながら、こう言ってきました。

「じゃあ、お前ってクズなんだな」

この言葉を聞いた瞬間、もう全てがどうでも良くなった自分は、その先輩 AD に対して、掴みかかります。先輩 AD は、ビックリしたのか自分に落ち着くように諭してきます。

しかし、怯まない自分の剣幕に圧倒されたのか、先輩 AD は、その場を逃げるようにして、今起きた事を上司に報告しようと撮影スタジオの外に出て行きました。

しかし、もうどうでも良くなった自分は、この瞬間に速攻でバックれる事を決意。夜中 2 時頃だったので終電は無く、六本木からタクシーで、約 2 日ぶりに戸田に帰りました。

このタクシーに乗った瞬間の開放感は、今でも忘れられません。しかし、そんな開放感は、派遣元の会社からかかってくる電話で一瞬にして消え去ります。

最初は、出なかったのですが、10 回くらい続けて鳴る電話に観念して、電話に出ました。自分は、メチャクチャ怒られると思ったのですが、派遣元の上司は、何故か優しく接してくれて、こう言いました。

「今日は、ぐっすり休んでいいから、明日、一緒に制作会社に謝りに行こう」

この言葉を聞いて、自分は、何故かタクシーの中で涙を流してしまいました。

恐らく、自分みたいな半端者に対して、優しく接してくれたからだと思います。

どんな理由があろうと、自分がやったことは、許されるワケじゃありませんからね。いわゆる、社会人としてケジメをつけないといけません。

家に帰ってからも、訳も分からず泣いていた自分は、次の日に派遣元の上司と一緒に制作会社に謝りに行きます。

朝 10 時頃だったと思いますが、制作会社に到着した自分は、派遣元の上司と受付カウンターの方に用件を伝えました。その後、5 分くらい経過して執行役員の方がやって来ました。

この方のキレッぷりは、凄まじいものでしたね。社会人になって、いろんな人にキレられてきましたが、その中でも 3 本の指に入るくらいキレてましたね。

しかし、自分は、内心ホッとしていました。やっぱり、ここで逃げたままでは、ずっとモヤモヤしたままになっていただろうなと若いなりにも思っていたからです。

1 時間くらい怒られたあと、自分は解放されました。そして、上司と一緒に制作会社を後にしたとき上司の方は、こう言ってきました。

「カバオくんは、この先どうするの?」

自分は、その言葉を聞いて正直に「分かりません」と答えました。すると上司の方は、「何か迷っていることがあったら、自分に相談しなさい」と言っていただきました。

この上司と顔合わせしたのは、面接のときと、このときだけでしたが、終始、親切にしてくれていたのを今でも覚えております。

自分が田舎に帰ったりして地元の人と話していると「東京の人は、冷たい」とか言ってくる人いるんですけど、そんな事ないと思っています。

そのくらい、このときの自分は、人の優しさというものがどれだけありがたいか、身に染みていましたからね。

結局、テレビ番組の業界に一瞬ですが憧れて、制作会社に入ったものの 3 日で辞めた自分は、自分で蒔いた種とは言え、人生のドン底に突き落とされます。

いわば『負け組』となったカバオは、途方に暮れる日々を送ります...

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