東京インスパイア

都内で働く高卒リーマンの記録

【読書】センスは知識からはじまる を読んだ感想

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ここ最近、アフィリエイト関連の記事(愚痴)ばかり書いていたので、ここらで久しぶりに読書の記事を書きたいと思います。

というのも、先日、広報を専門として活躍している友達と久しぶりにチャットしていて、今度ご飯でも食べようとなったんです。ちなみに、この友達は、自分が社会人になってから、良い意味でたくさんの刺激を与えてくれる『親友』というべき存在なんですが、そんな友人が、以前紹介してくれたこの本をなんとなく思い出したので紹介したいと思います。

この本を読むまでは『 センス = 才能 』と思っていたのですが、この構図をロジカルに覆してくれたのが、good design campany(グッドデザインカンパニー) 代表取締役の水野学さんでした。

自分は営業マンなので、日々色々なお客様とお会いしてお話することがあるのですが、たま〜に、ああこの人は「センスがいいな 」っと思う人がいるんですよね。

そういう人って、総じて自身が得意な分野だったり、あんまり得意でない分野でも違う切り口から物事を見たりしているので、発想に柔軟性があって面白いなと思うんですよね。

もし、センスというものを『才能』と捉えてしまって、自身の可能性などを諦めたり、他人の可能性に懐疑的な考えを持っている人がいたら、この本を読んでみてください。「意外と自分自身にはセンスがありまくりなんだな」ときっと思うハズです。

構成

本書は、水野学さんのプロローグから始まり、Part 1 ~ Part 5 までに分かれており、最後はエピローグで終わり。各章の内容は、以下のとおり。
  • プロローグ(センスは生まれついてのものではない)
  • Part 1 センスとは何かを定義する
  • Part 2 「センスのよさ」が、スキルとして求められている時代
  • Part 3 「センス」とは「知識」からはじまる
  • Part 4  「センス」で、仕事を最適化する
  • Part 5 「センス」を磨き、仕事力を向上させる
  • エピローグ(センスはすでに、あなたの中にある)

あらすじ

本書は、前述したgood design campany(グッドデザインカンパニー)の代表である水野学さんが『センス』というキーワードを魔法の石という認識ではなく、誰にでも備わった身体能力と同じという認識から始まります。

私、カバモト・カバオの故郷である熊本県の名物キャラクター『くまモン』の産みの親でもある水野学さんは、他にも『中川雅七商店』のブランディングや『宇多田ヒカル』の CD ジャケットなど数々のプロジェクトに携わっております。

そんな、水野学さんが説明するセンスが詳細に記されております。

 

ここは見てほしいところ

この本の見どころは、クリエイティブディレクターとして確固たる地位を築いている水野学さんが「センスって特別なもんじゃなく誰にでも身につくよ」っと言っているところが味噌なんですよね。

 

『斬新なアウトプットをするには、いまだかつて誰も考えなかったとんでもないことを、センスをもってひらめかなければならないー』

これが、頑固な大前提になっているようだと痛感したのです。


水野学さんは、最初のプロローグで学生から「センスやひらめきがどう生まれるか教えてください」と言われたそうなんですが、そのような問いに対して、上記のようことを思ったそうです。

そんな感じで始まる本著ですが、個人的にオススメの箇所は、ズバリ Part 3 の『「センス」とは「知識」からはじまる』ですね。

この Part 3 から、作中の言葉から 2 つのタイトルを引用しながら、説明したいと思います。

 すべての仕事において"知らない"は不利

まず 1 つ目。センスとは何かと問われたとき、水野学さんは以下のように答えております。 

センスとは知識の集積である。これが僕の考えです。

この裏付けを文章を書くという行為に置き換えて説明しております。

「『あいうえお』しか知らない人間と『あ』から『ん』まで五十音を知っている人間とでは、どちらが分かりやすい文章を書けるでしょう?どちらが人を喜ばせる文章を書けるでしょうか??』

この説明からも分かるように、ここでは知識を文字に置き換えて説明しているのですが、この説明からでも分かる通り、文字の集積によってセンスのいい表現ができると説明しております。

自分はこれを現実世界、特に仕事に置き換えた場合、多くの知識の集積によって個人の考え方も変わってくるのは当たり前だと思いますし、その考えを『個性』と位置付けることができるとも思っております。

しかし、ここでセンスが無いと思われる人の言葉で共通するのが「知らない」とか「分からない」と言ってくる人ではないでしょうか。

いわゆる『思考停止』とも言われる考えを持っている人達が、社会に出ればたくさんいると思います。そのような人たちって総じて『センス = 魔法の石』として特別なものだと思っている節があるのではと思っております。

 

「もしかして...自分のことかな...??」

 

そう思ったアナタは、この本呼んで意識を変えた方がいい。まだ間に合うから。

 

 イノベーションは、知識と知識の掛け合わせである

水野学さんは、イノベーションは、ゼロベースで何かをつくることではないと話しております。その理由として、以下のような事を仰っております。


「あっ!」より「へぇ!」にヒットは潜んでいる。僕はそう感じるのです。


この意味を現代と江戸時代に合わせて説明しております。

例えば、ワープロと固定電話を使っていた人にとって、携帯電話やパソコンは「へぇー」でした。しかし、江戸時代の人にスマートフォンを渡した場合「あっ!」っと思うでしょうか?

おそらく「あっ!」ではなく「え?」という反応であり、結局のところ欲しがりはしないのではないでしょうか?

現代では、例えばハサミやホッチキス、果ては車や家にいたるまで、様々なモノが昔から存在しておりますが、物質的に基本的な要素は変わっていないと思います。

ハサミは二つの穴に指をかけて梃子の原理を使って紙を切っていきますし、車であれば、物質に 4 つのタイヤ(車輪)がついて走ることができます。

ただし、昔から使い方は変わってないこれらのモノも、ハサミでいえば刃の先端を丸くして『鼻毛専用のハサミ』にしたり、車でいえば『屋台ラーメン』『移動診療車』にしたりして、基本的な構造を変わらなくとも、日々変わる人々の生活に対して、より多様性を持って変化しているのではないかと自分は思います。

 

ここのタイトルの最後のほうで水野学さんは、以下のように話しております。

みんなが「へぇー」と思うものは、ある程度知っているものの延長線上にありながら、画期的に異なっているもの。「ありそうでなかったもの」です。 

そして、独創性ばかりにこだわりすぎると、文字どおり「独りよがりのクリエイティブ」になってしまうと言っております。

ものをつくる人間は、新しさを追い求めながらも、過去へのリスペクトを忘れないことが大切なのではないでしょうか。

新しいアイディアを考えるとき、ゼロベースで考えるよりも集積された知識から考えていった方が自然であり、多くの客観性と専門性を意識して知見を学んでいったほうが、センスとして磨かれていくことの重要性がここの Part ではよく分かります。

感想  

「アイデアで熱狂しちゃダメだよ」

この言葉は、冒頭で紹介した、この本を教えてくれた友人の言葉です。そして、営業マンである自分がいつも心掛けている言葉でもあります。

もっとも、この日本という国は「アイデアはタダ(無料)」と認識されている人がたくさんいると思っております。その典型的な例として、水野学さんが巻き込まれたこの記事だと思います。

togetter.com

この記事からも分かるとおり、クリエイティブなアイデアに対して過小評価する日本人が多いことに、自分は危機感を持っておりますし、そもそもこんな意見が出るような国じゃあ、クリエイティブは育たないんじゃないかと危惧までしてしまいます。

 

実際に自分も働いていて、社内で「◯◯のようにすればいいのでは?」とアイデアを提案しても採用されることは少なく、寧ろ感覚的に話しをしている役員の方のアイデアが通ることがあります。

しかしながら、役員の方のアイデアをお客様にいざ説明すると「それは、通用しないと思うから◯◯したほうがいいのでは?」っと自分が言っていたことを逆に差し返されることがあります。

 

では、なぜこのようなことが起きるのか?

 

これは単純明快で、自分のアイディアがお客様の要望という『知識』から集約されているものあり、突発的なアイデアではないからなんですよね。

ここで分かっていただけたと思いますが、アイデアというものは脆くて、具現化し辛いものでもありますので、一番大事なのは、誰でも理解することができる裏付けの情報これらを構築する発案者の知識の集積が重要になってきます。

 

このように考えると、この本で水野学さんが言っていることが、いかに普遍的かつ重要なことかよく分かると思います。なので、この本を見てない方は、この本を機会に自分自信の『知識の集積』により構築されるセンスを武器にしてみてはどうでしょうか?